THANK U 15
「お話中すみません。
課長……ちょっといいですか?」
ユノさんの部屋の中で捜査をしていた若い刑事らしき人が、
話している俺達に声をかけてきた。
「バスルームから血痕が出ました。
かなりの量です。
鑑識の結果待ちですが、おそらく袋詰めのほうはあそこで解体したと思われます。」
僕はふいに……
以前見たのユノさんの姿が頭をよぎった。
不自然な時間の……不自然なシャワー……
タオルに着いた血……
あれは………
刑事と……若い刑事の会話はまだ続いた。
「そうか……
シム・チャンミンの首は見つかったか?」
「いえ……まだ……
ただ……」
若い刑事は俺を気にして声を潜めた。
だが……聞こえた。
「例のノコギリに付着していたものが……
やはり肉片らしいとの事でしたので、鑑識にまわしました。」
「わかった。
ありがとう。」
若い刑事は部屋の中に戻っていった。
「…………大丈夫か?
真っ青だぞ………」
刑事は俺に聞いた。
「首が……無いんですか?」
あの……首の無い死体………
赤黒い切り口……
「……………おそらく……チョン・ユンホが持っていったんだろう。」
「…………………」
「冷凍庫の前にノコギリが落ちていて、肉片が付着していた。
チョン・ユンホが首だけ切り落として……持って逃げたんじゃないかな………」
ユノさんが………
死体の首を?
「なんで……?
そんな……?」
「さすがに身体を持っていく余裕はなかったんだろう。
デカイし……凍っていたしな。
しかたなく……首だけ持っていったんだろうよ。」
「…………………」
「愛しい男の首だけでも欲しかったのさ……
異常だ………」
刑事は僕を見据えた。
「あんたが親しくしていた喫茶店のマスターは、死体を盗んで凍らせて保管したり、
首だけ切り落として持って逃げたり、
そういう異常者だ。」
異常者………?
ユノさんが?
「だから、もしチョン・ユンホから連絡でもきたら、隠さずに知らせてくれ。
それがチョン・ユンホのためでもある。
東方組に見つかる前に……こちらで捕まえたい。」
「…………わかりました。」
だが……それ以降……
ユノさんから俺に……連絡がくることはなかった。
カトクのlDは知っていたが、
そもそもそんなに親しくやり取りする仲でもなかった。
そのIDも削除されてしまっていた。
あれから………
あの刑事は、俺とユノさんがデキていたと勘違いしたらしく、しばらく俺の周りをうろうろしていたが、
しばらくするとそれもなくなった。
ユノさんのカフェはきれいに解体工事され、
新しくどこかの会社の事務所になった。
俺がユノさんのカフェに通ったのはほんの一時期だったけど……
今でも珈琲を飲むと思い出す。
「ミノ……」と名前を呼んでくれた柔らかな声……
花のような笑顔……
珈琲をいれる白い指先……
警察は……彼を……恐ろしい殺人鬼……
死体損壊を行う異常者と言うけれど……
『ミノ………
いらっしゃい……
おかえり……』
俺の記憶の中にあるユノさんは……やっぱり花のように笑っていた。
今、ユノさんがどこで誰とどうしているのか……全く解らないけれど……
どうか……幸せでいてほしい………